金沢散歩~苔むした庭園~
2026/06/19気づいた人だけが見られる風景
翌日は展覧会会場へ向かう前に、鈴木大拙館を訪ねました
金沢を訪れたら一度行ってみたいと思っていた場所です。

館内の静けさも素晴らしかったのですが、私の心に残ったのは、その周辺の散歩道でした。
緑の小径、美術の小径、そして、
苔むした庭
気づいた人だけが見られる風景
大きな観光地のような賑わいはありません。
実際、このエリアに入ってくる人はあまりいないそうです。
だからこそなのでしょうか。
そこには、長い時間をかけて育まれてきた風景が静かに残されていました。
松風閣庭園(旧本多家庭園)へ続く

緑豊かな小径や裏庭は、息をのむほど美しい
苔に覆われた地面。
まさに「苔むした」という表現がぴったり°˖✧
幾重にも重なる木々。
石の上に落ちる木漏れ日。
いやされる~。:*♡

兼六園よりも古く、兼六園のモデルとなった場所
説明によると、このあたりには四百年ほど前から残る自然なのだとか。
一時は個人の所有する土地だったため、
誰もが知る名所ではないかもしれません。
けれど、
気づいた人だけが出会える美しさがありました。

以前、ハワイの山の中で
「むせぶような緑」
に出会ったことがあります。
濃密な緑が幾重にも重なり、生命の力があふれ出してくるような風景でした。
ハワイ特有のものだと思っていましたが、鈴木大拙館周辺の苔むした庭を歩いていて、ふとその時の記憶がよみがえりました。
もちろん景色はまったく違います。
ハワイの緑は伸びやかで大きく力強く、
日本の苔の世界は静かで繊細です。
けれど、
どちらにも共通していたのは、
生命が満ちあふれるような感覚。
気づけば立ち止まり、深呼吸をしたくなるような風景でした。
庭を眺めていると、苔のお手入れをされている方が声をかけてくださいました。
苔のこと。
木々のこと。
この場所のこと。
少し立ち話をしただけなのに、その風景がぐっと身近になります。
ふらっと足を踏み入れた観光客には
時々こうして声をかけて、お話を聞かせてくれるのでしょうね。
優しさに心が洗われます。
そしてまた、苔のお手入れに戻っていかれます。

もし誰かと一緒だったら、そのまま通り過ぎていたかもしれません。
こうした偶然の会話も、ひとり旅ならではの楽しみです。
そして歩きながら思いました。

私は観光地を巡るために旅をしているのではなく、
こういう静かな風景や、人との小さな出会いを探しているのかもしれない、と。
前日に出会った関守石もそうでした。

*こちらはひがし茶屋街「志摩」の関守石
知らなければ通り過ぎてしまうもの。
けれど一度知ると、次からは見えるようになるもの。
ふたつ目の関守石

*こちらは松風閣庭園(旧本多家庭園)の関守石
旅をすると、見える景色が増えていく。
広い庭園のなかで、ぽってりと、
そしてどっしりと、「志摩」の庭園の軽やかに踊るような関守石とは
少し違った雰囲気を醸しだしている関守石でした。

そんなことを感じた金沢の朝。
小さな出会いに恵まれた旅
いつもは他人に話しかけることなんて、ほとんどありません。
せいぜい道を尋ねるくらい。
ましてや話しかけられることは、もっと少ない日常です。
それなのに金沢では不思議なくらい、たくさんの方と言葉を交わしました。
ひがし茶屋街ではお茶屋さんや店主の方々。
苔の庭では手入れをされていた方。
作品のこと、土地のこと、歴史のこと。
ほんの数分の会話ばかりなのに、それぞれが旅の風景の一部として残っています。
知らない土地を歩くと、
景色だけでなく人との距離も少し変わるのかもしれません。
普段なら通り過ぎてしまうような会話が、旅先では自然と始まる。
今回の金沢は、そんな小さな出会いに何度も恵まれた旅でした。
たっぷり癒しの時間を堪能した後は、
いくつかの「小径」へと歩を進めていきます。
Aloha✿Mahalo
幸せを呼ぶリボンの花.:*❀*:.プアリピネ.:*❀

